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三人仲良く壁にもたれかかりながらスタッフさんを待つあいだ、「なんだかちょっといやらしい話になっちゃうんだけどね…」と前置きを入れた田ノ上さんが、怪我の治療費や今後のことについて教えてくれた。
今回の件は立派な労災という形で、会社から治療費や休業中の給付が出るとのこと。
お金のことを特に気にしていたわけではないが、余計な出費を気にせずに治療に専念できると知り、少しだけ気持ちが軽くなった。
ほら、お金はいくらあっても困らないですし。
本来なら怪我の療養期間──私の場合は抜糸までの一週間程度──も給料は補償されるから働かなくてもいいらしい。
だから田ノ上さんは周りのことなんて気にせず休めと言ってくれたみたいだけど、それとは関係なく、私は単純にこの仕事や関わる人たちのことが好きで休みたくないのだ。
わがまま言ってすみませんと伝えると、田ノ上さんはいたく感激してくれたようで、「俺もAちゃんと仕事ができて嬉しいよ…」なんて言葉を詰まらせていた。
これ以上言ったら本当に田ノ上さんが泣いてしまいそうなので言わないでおくが、私だって田ノ上さんのもとで仕事ができて本当に嬉しく思っている。
こういう風に私の存在をちゃんと認めてくれる人が父親だったら良かったのに、と何度も思ったことか。
もう十分過ぎるほど、それこそただの会社の上司と部下という立場を超えて色んなことに対応してくれているはずなのに、あの世話焼きの阿部さんの出る幕もないほど、田ノ上さんは私の面倒を見たがった。
「休みを返上して出勤するんだから、何か俺にできることとかない?」
「休みを返上しているのは完全にこっちの都合なので特には……」
「え〜、そんなこと言わずに何かないの?欲しいものとか、食べたいものとか」
ないな。
強いてあげるならお肉が食べたい気分だったが、それは自分でも買えるし、わざわざ田ノ上さんに言うことではない。
というか阿部さんのクイズの賞品としてかなりの頻度で高級なお肉を分けていただいているので、「お肉ください」と阿部さんの前で言うのもどこか無神経な気がする。
この前の休みの時に必要な分の春服は買ったし、家電や家具も、取り急ぎ必要なものなどそう簡単に思い浮かばなかった。
世間から見て私は枯れている…のだろうか。
つい最近まで経済的に生活がギリギリで、倹約一筋に生きてきたというのもあるが、それにしたって三十五歳にしては物欲がなさすぎるとは思うが。
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作者名:泥濘 | 作成日時:2024年4月16日 12時